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湯蚤

主にダンゲロス、ジャンプの話題など

ダンゲロスSS2より赤鹿うるふ2


うるふ

urufu2.jpg

ダンゲロスSS2一回戦のSSです。
第一回戦蟻地獄

対戦相手についてはこちら



◆蟻地獄◆

(どこかの集落の、教会の地下につくられた暗い狭い遺跡を荒らした時が、一番楽しかった)
 利根アリスは思う。あれが彼女の初めての犯罪。
(遺跡の迷路が好きだった。暗くて狭くて、誰にも見つからない。あの頃のオレは、能力もなくて、今よりももっと弱かった。遺跡はオレを隠してくれたし、宝物も、寝床もくれた)
 利根アリアが魔人になったのは10年も昔の事。
(名が売れて、色んなバカがオレを狙った。少しは気が合いそうな奴もいたけれど、
 結局最後までオレと一緒にいてくれたバカは、人間じゃあなかった)
 ――クソッ、嫌いだ、どいつもこいつも……。



 戦闘開始すぐ、利根アリアは赤鹿うるふの姿を見つけた。
 赤鹿うるふもこちらを見つけた様子で、赤い眼を光らせながら堂々と近づいてくる。
「クソッ」アリアはわずかに逡巡する。
 業界で有名な赤鹿うるふの能力については知っていた。彼女は『敵の能力を強くする』。
 一度視られたら逃げても無駄。視界から外れても彼女の能力は効果を発揮する。
(奴の『赤い眼』は能力を使っている証拠だ。オレの能力を強くしてどういうつもりだか知らねぇが……)アリアは額に手を当て、走り、物陰に隠れる。
(オレが『ビビって』能力を使わないとでも思ったかよ。博打ってのは『リスク』を利用するものだぜ)砂地に手を置く。
(これができねェ奴は、『悪人』ですら無い)

 利根アリアは『兇徒迷宮案内』を発動させた。

 『兇徒迷宮案内』によって自動生成された迷路は、岩に閉じられた蟻地獄の環境をそのまま反映し、岩壁が砂を囲んだ薄暗い迷路となった。
 迷路の中心は利根アリアのいる地点。そこに自動設置された円柱状の毒ガス発生装置が作動する。
 迷路は蟻地獄の中心から見て南西の方角に作成した。
 地面の砂の流れる方向を見れば、方角はわかる。
 左手を壁に当て、まずはできるだけ早く、出口を確保するために進む。
 わずかに人の気配。身を隠す。

 そこへ、松明の明かりに照らされた『彼女』の姿が現れた。

「……っ!?」アリアは思わず声を上げそうになった。
 赤鹿ではない。肉皮リーディングでもない。
 黒く長い髪、長身の女性。
 アリアのよく知る人物。かつての仕事関係者だ。「『筑摩エール』……」
(ああ、クソッ、ここは地獄。ならアイツがここにいても不思議は無ぇ、『暗殺者』のアイツなら)
 アリアの気配を感じたのか、筑摩エールはこちらに眼をやる。わずかに殺気。
(『また』、アイツを殺んなきゃあなんねぇのか)
 利根アリアは手元のテグス・ワイヤとナイフを握りしめる。



 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
『うるふ、何してるの?』
「がり?」赤鹿うるふは足を止めた。
 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
 そしてまた歩き出した。
「まるで蟻の巣だ」赤鹿うるふは相棒の小枝である『ミチル』を砂地につけ、矢印を描きながら迷路を進んでゆく。「蟻の巣にホースを突っ込んだイタズラをした事のない人は、人生の半分を損しているよね」
『うるふの人生って……』地面に矢印を描かされながらミチルが言った。ミチルの声はうるふにしか聴こえない。『そして、それに付き従った私の人生って……』
「素晴らしい人生だったねェ!」赤鹿は楽しそうに笑った。
 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
『うるふ、痛いよ。折れちゃうよ』
「ミチルは僕より頑丈だろ」
 ガリッガリガリガリ……



「いきなり襲い掛かるなんて、容赦無いのね」
「てめぇ……! やっぱり、筑摩エールじゃあねぇな!?」

 『筑摩エール』は凶器のペンを投げつける。
 利根アリアの腕輪がワイヤを自動で巻き取り、彼女を岩壁に勢いよく引き寄せる。攻撃を回避。同時に片方の腕輪から引かれるワイヤが、砂上へと顔をだし、砂下に隠れていた暗器を引き出す。

 パンッと音を立てて鋭い暗器が天井に突き刺さる。『筑摩』は回転しこれを回避。
「殺すッ!絶対に殺す……!」
「別に、騙せるとは思ってないっつの」『筑摩』は更なる回転、強靭なカッターでワイヤを切り落とす。
 翻る黒いマント。『筑摩』のマントの下には……
「――なっ……」

 下着のみである!

 『筑摩エール』は利根アリアの至近距離まで接近していた。
 黒マントが利根アリアを覆う!アリアの顔に豊満な胸がぶち当たる!
「ああンっ!」
「くっ……!」利根アリアはナイフを突きさそうとし、思いとどまる。『筑摩エール』のカッターがその胸の谷間に挟まれていた。少しでも身体を動かせば、利根アリアの眉間を突き刺すだろう。

 まさに相打ちだ!

「試しに変身してみたこの肉体、すごく使いやすいから使ったまでよ。私より強い。この娘、プロの暗殺者か何か?」
「やっぱりお前ェ、肉皮リーディングだな……!」胸に顔を挟まれたまま、アリアが言う。
「うふふ」
 肉皮リーディングの魔人能力『あっついぜリーディング』は10m以内の対象の『最愛の女性』に変身できる。制限時間は10分!

 二人は身体を引き離す。
「筑摩エールって女、好きだったの?」
「黙れ!……殺したんだよ、お前みたいに近づいてきて、オレを殺ろうとしたからなッ!」
「へぇー、ああ~、それはそれは……」
「あああ、その口調、クソッ」似ていやがる。アリアが言葉を呑み込んだその時、

 ガリ ガリガリガリッ

 不快な物音に、二人が同時に身構える。
 通路の角の物陰から、吐き気のするドス黒いオーラを感じた。



 赤鹿は迷路の角から『ミチル』を突き出す。
「だれか見える?」
『利根アリアと、あとは、知らない女性が一人いるね』
「へ~え、誰だろうね。肉皮リーディングと戦っているのなら、漁夫の利を狙いたいところだね!」
『うるふ、もう君の大声が聴こえているから無理だよ』
「へ~え」赤鹿が言う。「念のため『能力』は使わないでおこう」
『さっきはずっと使ってたじゃない』
「あれは様子見だよ。別に僕だって傷めつけられるのが好きなわけじゃないよ」

 突如、ブーメランのごとく飛来する鉄の三角定規。
 間一髪、赤鹿の腕をかすめるかと思いきや、赤鹿は自分からそれに当たりに行った。
「いだッ!」腕に突き刺さる。
 流れる血。三角定規の刺さったままの腕をごしごしと汚くシャツに擦りつけて、染み込んだ血をシャツごと舐め吸った。「ああ、気持ちいいね」赤鹿は背を向けて走りだす。

 それを見て、アリアと肉皮は言葉を交わす事なく、為すべき事を察知した。

 このまま二人で戦うのは赤鹿に餌を与えるようなものだ。アイツは必ず卑怯な手で漁夫の利を狙う。ここはまず赤鹿を狙う。
 そして何より二人には、赤鹿の姿を見た時から感じていた、彼女への激しい『憎悪』があった。それは明らかに、赤鹿うるふの『負のコミュ力』の影響だ。
「通路はニつ。二手に別れるわよ」
「黙ってろ……カマ野郎」
 しかしだからこそ、二人には互いの憎しみの感情が理解できた。



「クソッ こっちかよ。読みが外れたぜ」アリアが走る。
 『協力』する気はあったアリアだが、『損』をするつもりも無かった。アリアは二手にわかれた通路のうち、枝で『矢印』が付けられた通路を選んだ。
 赤鹿が来るときにガリガリと物音が聴こえたのは、彼女が『トレモー・アルゴリズム』という矢印を使った古典的な迷路攻略法を実践していたからだと思われる。彼女は少しでも出口に出る可能性を高めるため、印のついていない道を選ぶだろう。とアリアは考えた。暗い通路。肉皮は地面に付けられた跡に気づいていない様子だった。アリアとしては、肉皮と赤鹿が殺しあってくれれば、有難い。
「……はずだったんだが、ああ、クソッ。アイツの頭は正気じゃあ無え!」

「あはあはははあはははははははははははははははははははッ!!」

 赤鹿は肩に針、腹に数本のナイフ、右腕の親指と人差し指を切断された身体で、アリアを追っていた。
「僕だって何も考えていないわけじゃあ無いよ、あの時、流れた血が跡につかないように、来た道を『もう一度』小枝で引っ掻くためにあの道を選んだんだ」アリアの疑問に赤鹿が答える。

「お前ェはバカかッ!そもそも自分から攻撃に当たったんじゃあ無ェか!狂人がッ!」

 アリアは帽子に取りつけられたライトの機能を切り替える。
 携帯電話を取り出す。改造された古い型だ。当然通信には使えないが、非可視光用カメラとして使える。
「あっははは、 この迷路は君が作ったのかな。さっきからずっと走っているけど、迷ったの? 僕が『能力』で『強化』してあげようか?」
(よし、見える。煙……だ)無色透明の毒ガスが視認できる。煙の流れる先に、出口がある。(オレはもう『10年』もこの迷路と付き合ってきたッ!……そのオレが、『ただ策も無しに迷路を進む』わけが無いだろう。自分にも出口がわからない能力で『命をかけるわけがない』だろう。この先、生きるも死ぬも、この迷路と毒ガス『だけ』が一緒だッ!)
 やがて出口が見える。アリアが迷路から出れば能力は解除されてしまう。ここまでやって来たのは、上手くいかなかった時逃げる為の保険だ。

 アリアはくるりと振り返る。赤鹿との距離は十分にある。「おいッ!バカ鹿!」

「あはあは……うん?」
「赤眼の赤鹿うるふ。知っているぜ、業界じゃあ有名だ。お前の能力は」
「やったー、そりゃあどうも!」
「ところで、だ」指で頭を掻き、アリアは続ける。「その魔人能力の『強化』ってのはよォォ……、例えば『単発能力』にはどう適用するんだ?」

「う、ん?」赤鹿は立ち止まる。

「オレの『兇徒迷宮案内』は、能力を使っちまえばそれまでだ。 その後は『使っている』という意識はない。ただ『利用』するもんだ。
勝手に歩き出す子供みたいなもんさ。真に使うのは『作成時』だけ。……わかるか?」アリアが迷路を作成したとき、赤鹿うるふは確かに能力を使っていた。
 敵の能力を強化する赤鹿うるふの魔人能力『狼は鹿を強くする』。
「あ、ああー……」赤鹿は理解したように頷いた。

 突如、岩の擦れる音がゴゴゴと鳴り響く。

「――つまりッ、オレが『迷路を作った時点』で『強化』が適用されていたのならッ!オレやお前の意思に関係なく、強化された迷路は持続したまま、オレの手中にあるってことだッ!!」

 歪む岩壁。赤鹿は走りだす。

「『理解した』ぜ、オレの『能力原理』――人間なんて、暗い狭い迷路を蟻みたいに這いずりまわるのがお似合いの生きもんだ!  オレにはわかる!『強化』されたのは――」
 迷路が動き、狭まる。
「『 広さの自由度 』 だ」
 迷路本来の広さの自由度。
 アリアは作成したそれを、自由に変更できるように『強化』されていた!
 迷路の天井の一部が、赤鹿を押し潰さんとぐんと近づく。
「…………ッ!!やばっ!」

「もっとだ!もっと暗く! 狭く暗く狭くッ!!――オレを隠せ!オレを、逃がせッ!!」

 立ち込める煙。
 パラパラと落ちてくる岩の残骸。
 天井が赤鹿の頭部を――

 ドンという衝撃音。天井の動きが止まった。

「…………痛うぅっ」
「――!」
 赤鹿は、手にしていた小枝・ミチルをつっかえ棒として、砂と天井を支えていた。
「んだよそれ、ただの小枝じゃあねぇとは思っていたが……!」
 天井はみるみるうちに小枝を砂の地面にのめり込ませ、赤鹿の頭をひしゃげさせる。地獄の耐久力。赤鹿うるふはこの程度では死なない。
「――あ あ あ あ あ あ あッ」赤鹿は狭まった通路から抜け出ると、凶器を構えるアリアに飛びかかった。
「っ!――――――――クソッッッ!!」



「あっ 危なッ!………死ぬ!潰れて死ぬ所だったわオカマッ!」
 変身を解いた肉皮リーディングは、血だらけで砂の上を転げまわる。
「折れた!骨が折れた!何もかもバキバキじゃないの!ほら見てこの胸もこんなにぐにゃぐにゃして……!」

「ハァ……ハァ、うるせェぞカマ野郎!」赤鹿を押しのけて、アリアが叫ぶ。「クソッ、肉皮。テメェも死んでねェのかよ、蟻みたいに二人共押しつぶす予定だったってェのに」

 アリアが迷路の外へ押し出されたことで、迷路が消失していた。

 意外と近くにいた肉皮の姿も確認できる。今ではもう、肉皮リーディング本来の姿に戻っていた。彼女は既に瀕死の体である。
「フン、筑摩の真似事はやめにしたのか……」アリアが言う。この中では、彼女が最も軽傷だ。

「あ、っはっはっは! みんな死にそうじゃないか」全身血だらけの赤鹿が仰向けのまま笑った。
「黙れ!俺はまだ――」アリアが口を閉じる。尻もちをついていた身体がズルリと滑る。「――クソッ……」
 予想外なほどに、迷路の出口は蟻地獄の中心部分の近くに生成されていた。これまでにかなりの時間がたち、既に蟻地獄は相当の大きさとなって流れを生んでいる。

「「「――あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ 」」」

 その場にいた全員が、蟻地獄に足を取られる。

「ミチルッ!」赤鹿は袖から出した『命綱』でぶら下がる。
 地面に深く突き刺さった『ミチル』。元より、命綱はその小枝につながっていた。「ああ、 良かった、……命より大切なものには、きちんと命綱をつけておくものだね」

 不運にも、最も軽傷ながら最も蟻地獄に距離が近かったのがアリアだ。
「クソックソックソッ! 俺は、まだ死ぬわけにぁアいかねェんだよ!畜生ッ!」アリアは自らの道具を探りながら滑り落ちていく。ワイヤはついさっき肉皮に切断されて使えない。「あああッ
こうなったのも元はと言えばお前のせいだぜッ! オレの『息子』! もう一度ぐらい、
オレを救ってみせたらどうだッ!」同時に、ドドドドドドと滝の流れるような轟音が鳴り響き、巨大な迷路がその場に即時生成される。
 利根アリアの『兇徒迷宮案内』が新たに発動したのだ。
 そして、蟻地獄の中心に現れるは迷宮に座す円柱型の『毒ガス発生装置』!
「オレを救えッ!」
「……!」赤鹿が目を見張る。

「―― オ レ を 救 え ッ !」

 そこには、大量の毒ガスを直に浴びながら、装置を足場にして蟻地獄の中心に立つ、アリアの姿があった。

「カマ野郎!アイツは――どこへ行きやがったッ! そこにいる、奴をっ…… 赤鹿を殺せッ!」

 言う間に装置は蟻地獄に着々と呑みこまれ、既にその高さはすり鉢状の蟻地獄の底と重なっていた。
 辺りを見回したアリアはそこに、不自然に転がり落ちてくる『小枝』を発見する。
 それは赤鹿の頑丈な『小枝』に似ていた。
 しかし、赤鹿は『小枝』を既に握っている。
 肉皮リーディングの変身能力。
 アリアはそれが『肉皮リーディング』であると直感する。

 事実、先程も肉皮はその小枝に変身することで、狭まる迷路から間一髪己の身を守ったのだ。赤鹿の『最愛の女性』はハナカエデの『ミチル』の小枝であり、雌雄異株のミチルは『雌株』である。
 本体のカエデの樹ではない。今そこにいる『小枝』こそが、赤鹿にとっての『最愛の女性』なのだ。『最愛の女性』という認識さえあれば、肉皮はどんなものにも変身できる。
 そして今も。自力で蟻地獄を脱出することは不可能と悟った肉皮は、せめて頑丈な小枝に変身することで、蟻地獄に呑まれた後の苦しみを和らげようとしていた。

「馬鹿がッ!諦めてんじゃあねえよッ!」アリアが叫び、その『小枝』を赤鹿の手の届かない、平らな地面までブンと放り投げる。「ゲホッ……ゲホッ……ああ!」装置は完全に蟻地獄に呑まれ、ただ毒ガスだけを排出していた。
「ゲホッ!チィ、足が、 動か……ねェ」足が砂に取られる。

「……また、お前に殺されるのか、オレは」装置を見、周囲に生成された迷路に目をやる。

 安全な場所まで登り上げた赤鹿は、彼女の姿を見やる。「……」アリアと目が合う。
「ゲホッゲホッ…… ――いいかッ!」口元まで砂に呑まれたアリア。「殺せッ!」赤鹿を指さす。
「生かしてやったんだ! 赤……鹿を……殺せッ!必ずだ!いい……かッ!!」それは誰に向けての言葉か。砂を吐き出し絶叫する。顔が砂に呑み込まれる。


「頼むぞ!『筑――――……』」


 蟻地獄に捕まった蟻のように両手を上に持ち上げたまま、アリアの姿は消えた。「……」

「…………フ」小枝から元の姿に戻った肉皮リーディングは立ち上がると、岩につかまり、砂に飲まれそうな血だらけの身体を支える。

「フ……フフッ、 人間ってバカねェ! ちょっと姿を変えてやりゃあ、コロっと騙される! 人間結局、誰しも、愛情に飢えているのよ」
「うん、バカだね」赤鹿は笑った。「君のことを、別の誰かだと思ったのかな。最後の最後になって、毒ガスにやられて錯乱したみたいだね。」赤鹿は首をかしげて嘲笑する。「まるで無意味なのに、バカだね」
「フフ、ええ、……そうね!」肉皮は岩につかまりヨロヨロと歩き出す。小枝に変身するまでに、アリアの迷路によって、かなりの重症を負ったらしい。「そう!
そうねッ!!でも、……でもねェ!!」肉皮はマントを翻す。

「 ――それとこれとは話が別よォ」

「…………」

「アンタは私が、殺す。……いいわねッ!」
 翻るマント、勢い良く蹴りあげる脚!
 多量の砂が宙に舞い、視界が遮られる。「10秒……ッ!」それは、肉皮が変身までに要する時間。砂埃が姿を隠す。

『うるふ、あの人、能力を使う気だよ』とミチル。
「うん。 それは困るぞっ!」
 赤鹿が肉皮めがけ走る。「っととと」砂に足をとられ、上手く進めない。
「7……8……」肉皮のカウント。「9……」
 肉皮リーディングの魔人能力『あっついぜリーディング』。対象の『最愛の女性』へと変身する――
「10!」
 狙ったように、砂埃が薄れる。
「さて、上手くいった……」
「……!!」

 そこに現れたのは、『赤鹿うるふ』だ。

「ああ、身体が軽い。この重症で、この耐久力。どうかしてるわ。アンタの身体」肉皮は身体を慣らすように腕を振り回す。
「驚いたな、僕がいる……」うるふは足を止め、あっけにとられたように口をポカンと開けた。
「そう。正直なりたくはなかったけど」赤鹿の姿になった肉皮も、服装は変わらない。「この重症じゃあまともに動けないもの、アンタになるしかない」黒いマントに手を入れた。うっすらと膨らんだ小さな胸を揉む。「身体自体は結構可愛らしいじゃないの。それでも『憎くって仕方がない』けどねェ……!」口紅を取り出し、唇に触れる。

 ――何故肉皮は赤鹿うるふに変身できたのか!?

 彼女は赤鹿うるふのもつ小枝『ミチル』の『最愛の女性』として赤鹿うるふをリーディングしたのだ。
 赤鹿うるふは女性の姿をした無性である。胸はあるが性器は無い。
 そして、肉皮リーディングはニューハーフ。女性器はないが、それでも彼女は自分自身を女性だと定義している。
 この場合、『ミチル』の『認識』と肉皮リーディングの『認識』が組み合わさり、本来無性であるはずの赤鹿に、肉皮が変身することが出来たと考えられる。

 ――ニューハーフの勝利であった!!

 肉皮リーディングは考える。
(相手も同様の重症!耐久度の条件はこれで同等! ならば、体術で勝る私が優勢!!)

 突如、利根アリアが周囲に作成した迷路が消失した。利根アリアが、完全に戦闘不能となった証拠である。
 それを機に、肉皮が飛ぶ。
「フッ!!」取り出した口紅からパンッと銃弾が発射される。一発限りの奥の手だ。
 思わぬ不意打ちに、赤鹿はよけきれず左肩に銃弾を受ける。
「……ッ!」
 その赤鹿に、肉皮が接近。砂に足を取られながらも、着実に距離を縮める。

「……ッ 僕やミチルに変身するなんて、びっくりだよ。生き物になら何にでもなれるのかな?」赤鹿は肩を押さえ立ち上がる。
 飛来する万年筆を、『ミチル』の小枝で防ぐ。指に命中し、赤鹿の小指が爆ぜた。
「痛たた ……君は、こういったね。『ちょっと姿を変えてやりゃあ、コロっと騙される。人間結局誰しも、愛情に飢えているのよ』。……これはどういう意味だろう?」
 さらに飛来する万年筆。もはや赤鹿はそれを避けることなく受け止める。左掌が完全に爆ぜるが、赤鹿は無反応。

「これはつまり、『どんな嫌われ者だろうと、理解を欲している』。そう言いたいのかな」

「………………」肉皮は構え、赤鹿の隙を伺う。警戒すべきは赤鹿の魔人能力。赤鹿の能力は業界で有名だ。彼女の眼を潰せば能力は防げるが、果たしてそれができるなら、心臓を狙ったほうが得かもしれない。秤にかける。

「そうだなァ。そもそも『嫌う』とはどういう事か」赤鹿が問う。「『嫌う』とは、その人に自分と同じ、良くない部分を発見するということだ。『嫌う』とは、離れたい。近づきたくない。絶対にあんな奴には『なりたくない』と思うことだ」
「何、が言いたいのよ」
「肉皮リーディング、君の『能力』自体は未だはっきりしないが、さっきまでの君の言動で、君の『能力原理』はもうわかったよ。――『他人の心を手玉に取りたい』。それが君の『能力原理』だ。
だったら、君の能力は変身対象の記憶まで得られるよう『強化』されてこそ、『完成する』はずだ」
 肉皮の額に汗が流れる。「ハッタリね……!」足を踏み出す。「推測に推測を重ねてどうするのよ!」
「果たしてそうなるかどうか。僕がその手伝いをして、あげよう」赤鹿が一歩、足を踏み出す。「世界一の人気者の記憶だ――」その眼が赤く光る。
「う……ォオオオオオオオオオッ!!」肉皮はわずかばかり逡巡し、赤鹿に向かって走りだす。赤鹿の身体に変身した今、身体能力は同等だ。巧みな動きは不可能。
 取り出したのは最後に残った剃刀のような定規。

「あ あ あ あ あ あ あ あ あッ!!」

 瞬間、肉皮は『能力』を解除。本来の姿へ戻る。「『理解』……されたがっている、ですってェ?」肉皮の胸に小枝が食い込む。
 突き出される互いの凶器。
 赤鹿の目の前に現れたのは、瀕死の重症を負った『肉皮本来の姿』だ。

「死んでもごめんだわ」フッと肉皮が笑う。

「私は絶対、『アンタ』なんかにはならない……!」

 ぐらりと、肉皮の身体が崩れる。
「わたし、が」
 足が砂に取られる。
「手玉に取られるのは『あの方』だけ」ぐらりと後ろに。
「ハァ……私は、『あの方』に愛される、私の姿のまま、いくわ」どさり、と斜面へ倒れこむ。
「アンタなんか――」意志の宿った瞳。「――ンタなんか―――――――――――――――」蟻地獄は海に開いた穴のようにドドドという轟音をたててその声をかき消す。
 そのまま彼女は、蟻地獄に呑み込まれていった。
 アリアの後を追って。

 赤鹿は心臓に突き刺さった定規に目をやり、膝をついて言う。
「嫌われるのは、慣れてるよ」
 しばらく何度も血反吐を吐き、立ち上がろうとして地面に手をついた。
 そのまま足を滑らせる。







 ドドドドドド……

 砂の中、赤鹿うるふとミチルが会話する。

「まずいなァ、足が滑った。試合は終わったってのに、蟻地獄に真っ逆さまだ」
『ドジだねうるふは』

「ミチル……。 今戦ったあの人はミチルに変身していたけど。結局ミチルって何なの?人間なの?」
『今になってそれを聞くんだね。うん、そうだな、候補は3つ。

 1:うるふの心が生んだ別人格
 2:死んだうるふの母親が植物に生まれ変わったもの
 3:父親がうるふの為に会社につくらせたバイオコミュ力使い

 どれか好きなのを選んでよ。』

「最悪だね……。特に3番目が最悪だ。僕を殺したパパが僕の為にってのが特にクソだ」
『じゃあ、それにしよう』

「なんだよ、それ。みんなみんな大嫌いだ」
『私は大好きだよ、うるふ』

 二人はそれきり黙り込み、蟻地獄の底へ落ちていった。

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  1. 2012/06/16(土) 00:47:38|
  2. 赤鹿うるふ
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ダンゲロスSS2より赤鹿うるふ


赤鹿うるふ(あかしかうるふ)
http://www4.atwiki.jp/dangerousss2/pages/26.html

urufu.jpg

『現世への執着』
●現世にあるミチルの本体と再開する
●世界中を恐怖に陥れる

キャラクター設定
●赤鹿うるふ(あかしか うるふ)。希望崎学園1年生。無性。
●『負』のコミュ力を持ち、出会う人間全てに必ず嫌われる。コミュ力の制御はできない。コミュ力自体は魔人能力では無い。

●細身で小柄。黒い髪にショートカット。襟シャツに短パン。
男の子っぽいけど、実は女の子。でも性別は無性だから性器はないぞ!女の子が大好き。
●右頭部に髪に隠れた角がある。
●身体能力は人並み。頑丈さだけが取り柄で、死後さらに強化された結果、銃で頭を一発打たれると発狂。ニ発目で死亡。身体が上半身だけになっても虫のようにずるずると生き残る。痛みは普通に感じるが、ドMなので痛みつけられると喜ぶ。

●嘘つきで外道。人を苦しめるのが大好き。
●両親は離婚。父親は闇製薬会社を経営する雲類鷲 殻(うるわし かく)。旧姓は雲類鷲うるふ。自分を捨てた父を憎んでいる。母親は自分を引き取ってすぐ、うるふの負のコミュ力に耐え切れず死亡。親戚や孤児院を渡り歩いて成長した。

「持ち物」
【ミチルの小枝】
●本体はうるふの住む家に昔から植えられていたカエデの樹「ミチル」。うるふは世界で唯一、ミチルにだけは嫌われていない。頑丈な小枝で、決して折れることはない。




特殊能力『狼は鹿を強くする』
●敵の魔人能力を一点だけ強くする。

●能力発動中は黒い眼が赤くなる。自由に能力を発動、停止できる。
●強化される一点は、「相手の認識」に依存する。そのため、うるふが相手の能力を知っている必要はない。たいていは能力の強みがさらに強化される。
●相手の能力が何であっても、必ず何かしらの変化が起こる。

○対象を視認する必要は無いが、眼を開けていないと使えない。
○能力対象が自分に敵対心を持っていないと使えない。

【例1】性別転換能力→性別転換の効果範囲が拡大
【例2】高速移動能力→スピードが強化




プロローグSS
「恐怖だ。決して好かれる事のない人間の、それだけが武器だ」

 地獄の底で思い返す。



 駅前の交差点は人でごった返していた。
 その中で、人ごみに大きな穴をあけながらふらふらと歩く少女がいる。誰もその少女と目を合わせようとはしない。
『あの少年、まだついて来てる?』
「うん。犬みたいなやつだね。人気者は辛いよ」小柄な少女、赤鹿うるふは、右手に持つ唯一の相棒でありカエデの樹の小枝である『ミチル』に話しかける。「路地裏に行こうか。さっさと片しちゃおうね」
 赤鹿うるふはいきなり立ち止まると、来た道を引き返しはじめた。できるだけ他人に迷惑がかかるような動きで。
 案の定、赤鹿にぶつかる人もいた。心底いやそうな顔をして、すぐさま赤鹿から離れる。
 生き物のように赤鹿に追従していた人ごみの穴も、彼女の動きに合わせて方向を変える。
「まったく、人気者は辛いね」



 トレンチコートを着た少年は、できるだけ人の迷惑にならないような動きで人ごみをかきわけ、赤鹿から離れた。
 ビルの狭間に隠れ、誰も見ていない事を確認。
 壁に手をやり、ずぶりと手を入れた。そのまま、身体を建物の中へ侵入させる。



「君、カワイイね。一緒にお茶しよう。そのまま深夜バスで奈良まで行って、鹿に餌をあげよう。ついでに奈良の大仏を馬鹿にみたいに口を開けて見学してから、世界遺産の例のお寺を乗っ取ってそこで結婚式をあげよう。用が済んだら放火して奈良のキャッチコピーを大声で叫ぶんだ。『うましー!うるわしー!奈良ッッ!』。……どうかな、楽しいと思わない?」

 赤鹿に話しかけられたのは、赤鹿より3,4歳うえと思われる、眼鏡をかけたおとなしそうな女性だ。
「ひ、……ひいっ?」女性は小さく悲鳴をあげると、ペコリと頭を下げ逃げて行く。
 赤鹿はそれを残念そうに見送った。
「ああ、フラレてしまった」
『うるふ、どうして上手くいくと思ったの?』右手にある小枝・ミチルが話しかける。
「あの子、僕を見ても目を逸らさなかった。きっと僕のことが好きなんだよあははきっとかわいいなぁああかわいいシャイなところもかわいいなぁ」手にしたミチルをブンブンと振る。
『そうかなぁ?』ミチルが疑問の声をあげる。
「どうして違うって思うの?」赤鹿はミチルを見ながら歩き出した。きっと、妬いてるんだな。可愛いなぁ、ミチルは。などと思考をめぐらす。
『妬いてるわけじゃなくて、単純な疑問。それより少年の事はいいの?』
「そうだった」ショートカットの黒髪を揺らし、赤鹿は突然駆け出した。



 赤鹿は人がやっと通れそうなビルとビルの間を走り、ゴミ箱を蹴飛ばして薄暗い路地裏に入る。
 前方のコンクリートの地面が柔らかく盛り上がり、コートを脱ぎ捨てた半裸の少年が現れる。
「赤鹿うるふ。いい加減逃げまわるのはやめにしろ」
 少年は地面を軟化させ抉り取る。針状に加工したそれは、10秒ほどで元の固さに戻った。
「君みたいな輩、たくさんいるんだよね」走る赤鹿はさらに足を早め、頑丈な『ミチル』の小枝の尖った部分を少年向けて突き出す。
「む、向かってきた……?」対面する少年は裸足に力を込める。
 5秒ほどで、ぐにゃりと柔らかくなる地面。
 触れたものを軟化させる。彼の魔人能力だ。
 足のとられやすい地面。赤鹿は非力だ。捕まえることはたやすい。

 しかし、赤鹿はそのまま蛙の様に跳び、彼の足にタックルした。
「――はっ!?」驚く少年。
 足に触れた赤鹿の身体が軟化。
「やめろ!死ぬ気か!?」少年は能力を解除。
 赤鹿はその足に小枝を突き刺し、股ぐらをくぐり抜け、そのまま逃げる。
「くそッ 馬鹿にしやがって!」どうやら、傷つける気が無いのを悟られているらしい。

 とはいえ、複雑な人間の身体が少し軟化しただけでも、何らかのダメージを負うものだ。しかし彼女は平然と走りだした……。
聞いていた通り、彼女は非力だが、耐久力が高い。少年はそう感じた。



 少年が赤鹿に追いつくのに時間はかからなかった。
 彼が路地裏の角を曲がると、赤鹿うるふは見知らぬ女性の首に後ろから手を回し、硬い小枝を女性の首に突きつけていた。
「あは。 動いたら、この人を殺すよ」
『うるふ、その人、さっきナンパした人じゃない?』
「うん。この人が行く方向をあらかじめ狙って来たからね」
『さいあくだーっ!』

「最悪だな、てめぇ……!」少年が激昂する。
「暗殺者さんに言われたくないね。人殺し」
「お前を殺す気は無い」と少年。「俺が知りたいのは、アンタの親父の情報だ。雲類鷲殻。ウルワシ製薬のボス。アイツを憎む奴はいっぱいいる」少年は足を踏み出す。「その娘、『雲類鷲うるふ』。お前なら、親父が普段どこに隠れているのか、知っているんじゃあないのか」
「そんなァ、パパは殺さないで欲しいなァ」赤鹿の眼が赤く光る。
「……」少年は地面を軟化させようと力を込めるが、とりやめる。「お前の能力は、たしか……」
「賢いね。僕の魔人能力『狼は鹿を強くする』は、敵の魔人能力を一点だけ強くする。どこがどう強くなるかは、僕にもわからない」

 赤鹿は女性を捕らえたまま、廃ビルのむき出しの階段を登りはじめた。「よいしょ」
 てっぺんまで昇りつめる。
「わるいね」
 踊り場から女性を突き落とす。
「!」女性を抱きとめる少年。「……ちぃッ!」
 手にしていた針を投げつけるが、赤鹿の開いた廃ビルの扉に阻まれる。
 その隙に赤鹿は廃ビルに侵入した。
「駄目だ、危険でも、能力を使わないと……」少年はそう呟いた。



 階段をのぼり上がる。少年が追ってくる気配は無い。
 屋上の扉を開けた。
 赤鹿の眼は赤いまま。
 能力を使うのに、ずっと相手を視界に入れている必要はない。ただし、眼は赤く光らせている必要がある。
『うるふ、もう、好きな人をいじめちゃ駄目だよ』ミチルに叱られる。
「はぁい」
 屋上の端まで移動する。
 柵の代わりに建てられた壁は高いが、超えられない高さではない。

 そこへ、ぐにゃりとその壁を歪ませて、少年が姿を現した。
「うわ、びっくりした」
「ハァ……ハァ……」
 少年は、ビルの壁面を軟化させ、軟化していない部分につかまりながら、各階に顔を出し、赤鹿を探しながら登り上げて来たらしい。
「ガッツあるね」うるふが手をグーの形にする。
「うる……さいッ!」少年が憎しみのこもった口調で叫んだ。
「あはあはあはあは、あは。そうこなくっちゃ。善人ぶってるけど、だんだん僕のコミュ力に当てられてきたみたいだね」
「……ッ!」少年は地面に手をやる。軟化させた地面を針の形に加工すると、それは瞬時に元の固さに戻った。「傷つけたくはなかったが、少し脅す必要はあるかもなァ――」

 そう言い終わらないうちに、赤鹿が少年へ突進。
「――はっ!?」
 少年の針が赤鹿の脇腹を突き刺す。
 赤鹿が少年の心臓に向けた硬い小枝を、片方の腕で食い止める。
「おい、どう……いう……」赤鹿の眼を見る。

 赤い眼。

 瞬き一つせず、不気味な笑いを浮かべて、赤鹿は頭を俯かせる。
「パパについて知っていることを、教えてあげる」その頭部、左側、小さな膨らみがある。それは鹿というよりは、鬼の角や、狼の牙に似ていた。
「パパは、僕と同じ、絶対に、必ず人に嫌われる。『負のコミュ力』を持っている。そんなパパが、一つだけ、僕に教えてくれた。」
 頭の角を少年の左眼に近づける。

「嫌われ者が、人を従わせるには、『恐怖を与えるしかない』。それだけが、僕達に許されたコミュニケーションだから」

「こ――」少年は顔をひきつらせる。「こいつ……ッ!あの時……!俺の身体に触れた時、……柔らかくなった身体を――ッ!」
 まさか、頭蓋骨を加工して角にした?耐えられるわけが、しかし、彼女の特徴は、そうだ、地獄のような耐久力――――――――――ッ!!
「あはあはあはは」
「く……」
 押し出され、壁に押し当てられる。その壁がぐにゃりと歪み、崩壊した。
「馬鹿な――」

 何故、壁が軟化したままなのか?
 放っておけば、自動的に軟化は解除されるはず。
 やられた。これは彼女の能力による異常だ。

「あはあはあはははははははははははははははははははははははははははははッ!!!」
 赤鹿の角が少年の眼をえぐる。
「――――ッ!!」
無事な方の眼が、赤鹿の赤い眼と合う。

「そうだ、さあ、能力を使わないと、死ぬよ?」

 崩壊した壁を超え、二人の体重のかかった地面も崩壊する。
 真っ逆様に落ちて行く二人。

 能力を――つかうのか!?
 少年は躊躇する。赤鹿の能力で、自分の能力の何かが狂っている。それを、言われるまま使って、自分は助かるのか?こいつは、一体、何を考えている!?

「悪いけどパパを殺すのは、僕だ」
「ふ――ざけんなッ!」少年は捉えていた赤鹿の小枝を手離す。
 阻むものの無くなった小枝が、少年の胸を突きさす。非力ゆえ、心臓まで届かない。
「この程度……恐い、か、よッ!」自由になった両手で、空中で赤鹿を引き離す。
 胸と、潰された左眼から流れる血。握り締め、赤鹿の眼に撒きかけた。
「――っ!?」眼を閉じる赤鹿。
「瞬きをしない、赤い、眼! それが!お前の能力の鍵だ!」少年は受け身をとる。「嫌いだ!お前なんかぁぁぁ――ッ!!」

 二人の身体がコンクリートに激突した。



「ああ……」
 赤鹿がうめき声をあげる。
 赤鹿の能力を防いだ少年は、激突時、地面の軟化を試みたようだが、間に合わず、今は伸びている。だが、かろうじて死んではいないかもしれない。

「君は……、人を傷つけるのは好きじゃなさそうだった」赤鹿が少年に語りかける。
「君の能力の認識はおそらく、『触れたものを柔らかくして、元の固さに戻すこと』だ。
 軟化して、固めるまでが能力。僕が強化したのはそこだ。
 君は知らない間に、完全に『任意の持続時間』で物体の軟化ができるようになっていた」

 赤鹿はかろうじて動く手をひらひらとさせる。
「針を作り出すときは『瞬時に』元の固さに戻るように。
 壁の内部を潜り上がるときは、『できるだけ長い間』軟化するように無意識に意識した。
 それがあの結果だよ。まあ、僕も君の後ろの壁がトーフみたいに震えたままなのを見て、
 気がついたんだけどね。」
 語りかけるも、少年は動かない。
「少しでも僕を恐がった君の負けだ。ざまぁ無いね」

 赤鹿も、死にはしないが、身体が上手く動かない。
「地獄の耐久力もこの程度かー……」
『十分だと思うよ』ミチルがフォローする。
「ふふ……ああ、僕は死なない。生きて、世界中を恐怖に陥れるんだからねぇ」赤鹿が笑った。「お願い、ミチル」
『うん?』
「何があっても一人にしないで」
『うん』
「自分一人で立って、自分一人で生きるから。だからお願い。僕を一人にしないで。」
『わかったよ、うるふ』

「…………」
 路地裏の影から現れる。
 先程、赤鹿が人質にとった女性だ。
「ああ、君か。僕を見舞いに。 ……違うか」
 どうせ、少年が心配でやってきたのだろう。
 しかし意外にも、女性は赤鹿に近づいてきた。「お嬢様」
「へ?」
「命は取り留めたのですね。良かった」膝をつき、赤鹿に顔を近づける。
「ああ……うん……」まともに人に話しかけられるのに慣れていない赤鹿は、少し戸惑う。

「では、私の手で殺しましょう」女性は胸元から拳銃を取り出した。

「なんだ」赤鹿は口から血と共にため息を吐く。「ついに人に好かれたのかと思ったのに」
「お父様からの命令です」
「あ、そう、パパからね。僕がパパの命を狙っているから?」赤鹿は目を伏せた。「どうかしてるだろ、親として」
「ええ」拳銃を撃つ。







 拳銃で頭部を撃ち抜かれた赤鹿は、頭を無くした虫のように身体をぴくぴくと痙攣させながら、大事そうに、両手で小枝を握りしめていた。

「もしもし、聞こえてる?」ぺしぺし、と赤鹿の頭を叩く女性。

「アンタのことも、アンタのお父様のことも、私は大嫌いだよ」

「でもね、何より、恐いのは、お父様のほうなんだ。
 ごめんね。誰だって、より恐い方に従うものだから」

「地獄は恐いかな? アンタ、あの世に本当は地獄も天国もないって知ってるかい?
 魂は似たもの同士を引き寄せ合って、善人は善人。悪人は悪人だけの世界を作り上げる。  それが自然と『地獄』と呼ばれているにすぎないんだってさ」

「良かったね。だからきっと、地獄にはアンタの『仲間』がたくさんだ。でもね、
 あの少年も、最後はアンタに反抗した。恐怖と狂気、まだまだ足りないよ。アンタは」

 女性は念のため、もう一度赤鹿の頭を撃った。

「さ、地獄で本当の恐怖を学んできなよ、クズ」

  1. 2012/06/03(日) 00:34:48|
  2. 赤鹿うるふ
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