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湯蚤

主にダンゲロス、ジャンプの話題など

ダンゲロスSS2より赤鹿うるふ2


うるふ

urufu2.jpg

ダンゲロスSS2一回戦のSSです。
第一回戦蟻地獄

対戦相手についてはこちら



◆蟻地獄◆

(どこかの集落の、教会の地下につくられた暗い狭い遺跡を荒らした時が、一番楽しかった)
 利根アリスは思う。あれが彼女の初めての犯罪。
(遺跡の迷路が好きだった。暗くて狭くて、誰にも見つからない。あの頃のオレは、能力もなくて、今よりももっと弱かった。遺跡はオレを隠してくれたし、宝物も、寝床もくれた)
 利根アリアが魔人になったのは10年も昔の事。
(名が売れて、色んなバカがオレを狙った。少しは気が合いそうな奴もいたけれど、
 結局最後までオレと一緒にいてくれたバカは、人間じゃあなかった)
 ――クソッ、嫌いだ、どいつもこいつも……。



 戦闘開始すぐ、利根アリアは赤鹿うるふの姿を見つけた。
 赤鹿うるふもこちらを見つけた様子で、赤い眼を光らせながら堂々と近づいてくる。
「クソッ」アリアはわずかに逡巡する。
 業界で有名な赤鹿うるふの能力については知っていた。彼女は『敵の能力を強くする』。
 一度視られたら逃げても無駄。視界から外れても彼女の能力は効果を発揮する。
(奴の『赤い眼』は能力を使っている証拠だ。オレの能力を強くしてどういうつもりだか知らねぇが……)アリアは額に手を当て、走り、物陰に隠れる。
(オレが『ビビって』能力を使わないとでも思ったかよ。博打ってのは『リスク』を利用するものだぜ)砂地に手を置く。
(これができねェ奴は、『悪人』ですら無い)

 利根アリアは『兇徒迷宮案内』を発動させた。

 『兇徒迷宮案内』によって自動生成された迷路は、岩に閉じられた蟻地獄の環境をそのまま反映し、岩壁が砂を囲んだ薄暗い迷路となった。
 迷路の中心は利根アリアのいる地点。そこに自動設置された円柱状の毒ガス発生装置が作動する。
 迷路は蟻地獄の中心から見て南西の方角に作成した。
 地面の砂の流れる方向を見れば、方角はわかる。
 左手を壁に当て、まずはできるだけ早く、出口を確保するために進む。
 わずかに人の気配。身を隠す。

 そこへ、松明の明かりに照らされた『彼女』の姿が現れた。

「……っ!?」アリアは思わず声を上げそうになった。
 赤鹿ではない。肉皮リーディングでもない。
 黒く長い髪、長身の女性。
 アリアのよく知る人物。かつての仕事関係者だ。「『筑摩エール』……」
(ああ、クソッ、ここは地獄。ならアイツがここにいても不思議は無ぇ、『暗殺者』のアイツなら)
 アリアの気配を感じたのか、筑摩エールはこちらに眼をやる。わずかに殺気。
(『また』、アイツを殺んなきゃあなんねぇのか)
 利根アリアは手元のテグス・ワイヤとナイフを握りしめる。



 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
『うるふ、何してるの?』
「がり?」赤鹿うるふは足を止めた。
 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
 そしてまた歩き出した。
「まるで蟻の巣だ」赤鹿うるふは相棒の小枝である『ミチル』を砂地につけ、矢印を描きながら迷路を進んでゆく。「蟻の巣にホースを突っ込んだイタズラをした事のない人は、人生の半分を損しているよね」
『うるふの人生って……』地面に矢印を描かされながらミチルが言った。ミチルの声はうるふにしか聴こえない。『そして、それに付き従った私の人生って……』
「素晴らしい人生だったねェ!」赤鹿は楽しそうに笑った。
 ガリッガリガリガリガリガリガリッ
『うるふ、痛いよ。折れちゃうよ』
「ミチルは僕より頑丈だろ」
 ガリッガリガリガリ……



「いきなり襲い掛かるなんて、容赦無いのね」
「てめぇ……! やっぱり、筑摩エールじゃあねぇな!?」

 『筑摩エール』は凶器のペンを投げつける。
 利根アリアの腕輪がワイヤを自動で巻き取り、彼女を岩壁に勢いよく引き寄せる。攻撃を回避。同時に片方の腕輪から引かれるワイヤが、砂上へと顔をだし、砂下に隠れていた暗器を引き出す。

 パンッと音を立てて鋭い暗器が天井に突き刺さる。『筑摩』は回転しこれを回避。
「殺すッ!絶対に殺す……!」
「別に、騙せるとは思ってないっつの」『筑摩』は更なる回転、強靭なカッターでワイヤを切り落とす。
 翻る黒いマント。『筑摩』のマントの下には……
「――なっ……」

 下着のみである!

 『筑摩エール』は利根アリアの至近距離まで接近していた。
 黒マントが利根アリアを覆う!アリアの顔に豊満な胸がぶち当たる!
「ああンっ!」
「くっ……!」利根アリアはナイフを突きさそうとし、思いとどまる。『筑摩エール』のカッターがその胸の谷間に挟まれていた。少しでも身体を動かせば、利根アリアの眉間を突き刺すだろう。

 まさに相打ちだ!

「試しに変身してみたこの肉体、すごく使いやすいから使ったまでよ。私より強い。この娘、プロの暗殺者か何か?」
「やっぱりお前ェ、肉皮リーディングだな……!」胸に顔を挟まれたまま、アリアが言う。
「うふふ」
 肉皮リーディングの魔人能力『あっついぜリーディング』は10m以内の対象の『最愛の女性』に変身できる。制限時間は10分!

 二人は身体を引き離す。
「筑摩エールって女、好きだったの?」
「黙れ!……殺したんだよ、お前みたいに近づいてきて、オレを殺ろうとしたからなッ!」
「へぇー、ああ~、それはそれは……」
「あああ、その口調、クソッ」似ていやがる。アリアが言葉を呑み込んだその時、

 ガリ ガリガリガリッ

 不快な物音に、二人が同時に身構える。
 通路の角の物陰から、吐き気のするドス黒いオーラを感じた。



 赤鹿は迷路の角から『ミチル』を突き出す。
「だれか見える?」
『利根アリアと、あとは、知らない女性が一人いるね』
「へ~え、誰だろうね。肉皮リーディングと戦っているのなら、漁夫の利を狙いたいところだね!」
『うるふ、もう君の大声が聴こえているから無理だよ』
「へ~え」赤鹿が言う。「念のため『能力』は使わないでおこう」
『さっきはずっと使ってたじゃない』
「あれは様子見だよ。別に僕だって傷めつけられるのが好きなわけじゃないよ」

 突如、ブーメランのごとく飛来する鉄の三角定規。
 間一髪、赤鹿の腕をかすめるかと思いきや、赤鹿は自分からそれに当たりに行った。
「いだッ!」腕に突き刺さる。
 流れる血。三角定規の刺さったままの腕をごしごしと汚くシャツに擦りつけて、染み込んだ血をシャツごと舐め吸った。「ああ、気持ちいいね」赤鹿は背を向けて走りだす。

 それを見て、アリアと肉皮は言葉を交わす事なく、為すべき事を察知した。

 このまま二人で戦うのは赤鹿に餌を与えるようなものだ。アイツは必ず卑怯な手で漁夫の利を狙う。ここはまず赤鹿を狙う。
 そして何より二人には、赤鹿の姿を見た時から感じていた、彼女への激しい『憎悪』があった。それは明らかに、赤鹿うるふの『負のコミュ力』の影響だ。
「通路はニつ。二手に別れるわよ」
「黙ってろ……カマ野郎」
 しかしだからこそ、二人には互いの憎しみの感情が理解できた。



「クソッ こっちかよ。読みが外れたぜ」アリアが走る。
 『協力』する気はあったアリアだが、『損』をするつもりも無かった。アリアは二手にわかれた通路のうち、枝で『矢印』が付けられた通路を選んだ。
 赤鹿が来るときにガリガリと物音が聴こえたのは、彼女が『トレモー・アルゴリズム』という矢印を使った古典的な迷路攻略法を実践していたからだと思われる。彼女は少しでも出口に出る可能性を高めるため、印のついていない道を選ぶだろう。とアリアは考えた。暗い通路。肉皮は地面に付けられた跡に気づいていない様子だった。アリアとしては、肉皮と赤鹿が殺しあってくれれば、有難い。
「……はずだったんだが、ああ、クソッ。アイツの頭は正気じゃあ無え!」

「あはあはははあはははははははははははははははははははッ!!」

 赤鹿は肩に針、腹に数本のナイフ、右腕の親指と人差し指を切断された身体で、アリアを追っていた。
「僕だって何も考えていないわけじゃあ無いよ、あの時、流れた血が跡につかないように、来た道を『もう一度』小枝で引っ掻くためにあの道を選んだんだ」アリアの疑問に赤鹿が答える。

「お前ェはバカかッ!そもそも自分から攻撃に当たったんじゃあ無ェか!狂人がッ!」

 アリアは帽子に取りつけられたライトの機能を切り替える。
 携帯電話を取り出す。改造された古い型だ。当然通信には使えないが、非可視光用カメラとして使える。
「あっははは、 この迷路は君が作ったのかな。さっきからずっと走っているけど、迷ったの? 僕が『能力』で『強化』してあげようか?」
(よし、見える。煙……だ)無色透明の毒ガスが視認できる。煙の流れる先に、出口がある。(オレはもう『10年』もこの迷路と付き合ってきたッ!……そのオレが、『ただ策も無しに迷路を進む』わけが無いだろう。自分にも出口がわからない能力で『命をかけるわけがない』だろう。この先、生きるも死ぬも、この迷路と毒ガス『だけ』が一緒だッ!)
 やがて出口が見える。アリアが迷路から出れば能力は解除されてしまう。ここまでやって来たのは、上手くいかなかった時逃げる為の保険だ。

 アリアはくるりと振り返る。赤鹿との距離は十分にある。「おいッ!バカ鹿!」

「あはあは……うん?」
「赤眼の赤鹿うるふ。知っているぜ、業界じゃあ有名だ。お前の能力は」
「やったー、そりゃあどうも!」
「ところで、だ」指で頭を掻き、アリアは続ける。「その魔人能力の『強化』ってのはよォォ……、例えば『単発能力』にはどう適用するんだ?」

「う、ん?」赤鹿は立ち止まる。

「オレの『兇徒迷宮案内』は、能力を使っちまえばそれまでだ。 その後は『使っている』という意識はない。ただ『利用』するもんだ。
勝手に歩き出す子供みたいなもんさ。真に使うのは『作成時』だけ。……わかるか?」アリアが迷路を作成したとき、赤鹿うるふは確かに能力を使っていた。
 敵の能力を強化する赤鹿うるふの魔人能力『狼は鹿を強くする』。
「あ、ああー……」赤鹿は理解したように頷いた。

 突如、岩の擦れる音がゴゴゴと鳴り響く。

「――つまりッ、オレが『迷路を作った時点』で『強化』が適用されていたのならッ!オレやお前の意思に関係なく、強化された迷路は持続したまま、オレの手中にあるってことだッ!!」

 歪む岩壁。赤鹿は走りだす。

「『理解した』ぜ、オレの『能力原理』――人間なんて、暗い狭い迷路を蟻みたいに這いずりまわるのがお似合いの生きもんだ!  オレにはわかる!『強化』されたのは――」
 迷路が動き、狭まる。
「『 広さの自由度 』 だ」
 迷路本来の広さの自由度。
 アリアは作成したそれを、自由に変更できるように『強化』されていた!
 迷路の天井の一部が、赤鹿を押し潰さんとぐんと近づく。
「…………ッ!!やばっ!」

「もっとだ!もっと暗く! 狭く暗く狭くッ!!――オレを隠せ!オレを、逃がせッ!!」

 立ち込める煙。
 パラパラと落ちてくる岩の残骸。
 天井が赤鹿の頭部を――

 ドンという衝撃音。天井の動きが止まった。

「…………痛うぅっ」
「――!」
 赤鹿は、手にしていた小枝・ミチルをつっかえ棒として、砂と天井を支えていた。
「んだよそれ、ただの小枝じゃあねぇとは思っていたが……!」
 天井はみるみるうちに小枝を砂の地面にのめり込ませ、赤鹿の頭をひしゃげさせる。地獄の耐久力。赤鹿うるふはこの程度では死なない。
「――あ あ あ あ あ あ あッ」赤鹿は狭まった通路から抜け出ると、凶器を構えるアリアに飛びかかった。
「っ!――――――――クソッッッ!!」



「あっ 危なッ!………死ぬ!潰れて死ぬ所だったわオカマッ!」
 変身を解いた肉皮リーディングは、血だらけで砂の上を転げまわる。
「折れた!骨が折れた!何もかもバキバキじゃないの!ほら見てこの胸もこんなにぐにゃぐにゃして……!」

「ハァ……ハァ、うるせェぞカマ野郎!」赤鹿を押しのけて、アリアが叫ぶ。「クソッ、肉皮。テメェも死んでねェのかよ、蟻みたいに二人共押しつぶす予定だったってェのに」

 アリアが迷路の外へ押し出されたことで、迷路が消失していた。

 意外と近くにいた肉皮の姿も確認できる。今ではもう、肉皮リーディング本来の姿に戻っていた。彼女は既に瀕死の体である。
「フン、筑摩の真似事はやめにしたのか……」アリアが言う。この中では、彼女が最も軽傷だ。

「あ、っはっはっは! みんな死にそうじゃないか」全身血だらけの赤鹿が仰向けのまま笑った。
「黙れ!俺はまだ――」アリアが口を閉じる。尻もちをついていた身体がズルリと滑る。「――クソッ……」
 予想外なほどに、迷路の出口は蟻地獄の中心部分の近くに生成されていた。これまでにかなりの時間がたち、既に蟻地獄は相当の大きさとなって流れを生んでいる。

「「「――あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ 」」」

 その場にいた全員が、蟻地獄に足を取られる。

「ミチルッ!」赤鹿は袖から出した『命綱』でぶら下がる。
 地面に深く突き刺さった『ミチル』。元より、命綱はその小枝につながっていた。「ああ、 良かった、……命より大切なものには、きちんと命綱をつけておくものだね」

 不運にも、最も軽傷ながら最も蟻地獄に距離が近かったのがアリアだ。
「クソックソックソッ! 俺は、まだ死ぬわけにぁアいかねェんだよ!畜生ッ!」アリアは自らの道具を探りながら滑り落ちていく。ワイヤはついさっき肉皮に切断されて使えない。「あああッ
こうなったのも元はと言えばお前のせいだぜッ! オレの『息子』! もう一度ぐらい、
オレを救ってみせたらどうだッ!」同時に、ドドドドドドと滝の流れるような轟音が鳴り響き、巨大な迷路がその場に即時生成される。
 利根アリアの『兇徒迷宮案内』が新たに発動したのだ。
 そして、蟻地獄の中心に現れるは迷宮に座す円柱型の『毒ガス発生装置』!
「オレを救えッ!」
「……!」赤鹿が目を見張る。

「―― オ レ を 救 え ッ !」

 そこには、大量の毒ガスを直に浴びながら、装置を足場にして蟻地獄の中心に立つ、アリアの姿があった。

「カマ野郎!アイツは――どこへ行きやがったッ! そこにいる、奴をっ…… 赤鹿を殺せッ!」

 言う間に装置は蟻地獄に着々と呑みこまれ、既にその高さはすり鉢状の蟻地獄の底と重なっていた。
 辺りを見回したアリアはそこに、不自然に転がり落ちてくる『小枝』を発見する。
 それは赤鹿の頑丈な『小枝』に似ていた。
 しかし、赤鹿は『小枝』を既に握っている。
 肉皮リーディングの変身能力。
 アリアはそれが『肉皮リーディング』であると直感する。

 事実、先程も肉皮はその小枝に変身することで、狭まる迷路から間一髪己の身を守ったのだ。赤鹿の『最愛の女性』はハナカエデの『ミチル』の小枝であり、雌雄異株のミチルは『雌株』である。
 本体のカエデの樹ではない。今そこにいる『小枝』こそが、赤鹿にとっての『最愛の女性』なのだ。『最愛の女性』という認識さえあれば、肉皮はどんなものにも変身できる。
 そして今も。自力で蟻地獄を脱出することは不可能と悟った肉皮は、せめて頑丈な小枝に変身することで、蟻地獄に呑まれた後の苦しみを和らげようとしていた。

「馬鹿がッ!諦めてんじゃあねえよッ!」アリアが叫び、その『小枝』を赤鹿の手の届かない、平らな地面までブンと放り投げる。「ゲホッ……ゲホッ……ああ!」装置は完全に蟻地獄に呑まれ、ただ毒ガスだけを排出していた。
「ゲホッ!チィ、足が、 動か……ねェ」足が砂に取られる。

「……また、お前に殺されるのか、オレは」装置を見、周囲に生成された迷路に目をやる。

 安全な場所まで登り上げた赤鹿は、彼女の姿を見やる。「……」アリアと目が合う。
「ゲホッゲホッ…… ――いいかッ!」口元まで砂に呑まれたアリア。「殺せッ!」赤鹿を指さす。
「生かしてやったんだ! 赤……鹿を……殺せッ!必ずだ!いい……かッ!!」それは誰に向けての言葉か。砂を吐き出し絶叫する。顔が砂に呑み込まれる。


「頼むぞ!『筑――――……』」


 蟻地獄に捕まった蟻のように両手を上に持ち上げたまま、アリアの姿は消えた。「……」

「…………フ」小枝から元の姿に戻った肉皮リーディングは立ち上がると、岩につかまり、砂に飲まれそうな血だらけの身体を支える。

「フ……フフッ、 人間ってバカねェ! ちょっと姿を変えてやりゃあ、コロっと騙される! 人間結局、誰しも、愛情に飢えているのよ」
「うん、バカだね」赤鹿は笑った。「君のことを、別の誰かだと思ったのかな。最後の最後になって、毒ガスにやられて錯乱したみたいだね。」赤鹿は首をかしげて嘲笑する。「まるで無意味なのに、バカだね」
「フフ、ええ、……そうね!」肉皮は岩につかまりヨロヨロと歩き出す。小枝に変身するまでに、アリアの迷路によって、かなりの重症を負ったらしい。「そう!
そうねッ!!でも、……でもねェ!!」肉皮はマントを翻す。

「 ――それとこれとは話が別よォ」

「…………」

「アンタは私が、殺す。……いいわねッ!」
 翻るマント、勢い良く蹴りあげる脚!
 多量の砂が宙に舞い、視界が遮られる。「10秒……ッ!」それは、肉皮が変身までに要する時間。砂埃が姿を隠す。

『うるふ、あの人、能力を使う気だよ』とミチル。
「うん。 それは困るぞっ!」
 赤鹿が肉皮めがけ走る。「っととと」砂に足をとられ、上手く進めない。
「7……8……」肉皮のカウント。「9……」
 肉皮リーディングの魔人能力『あっついぜリーディング』。対象の『最愛の女性』へと変身する――
「10!」
 狙ったように、砂埃が薄れる。
「さて、上手くいった……」
「……!!」

 そこに現れたのは、『赤鹿うるふ』だ。

「ああ、身体が軽い。この重症で、この耐久力。どうかしてるわ。アンタの身体」肉皮は身体を慣らすように腕を振り回す。
「驚いたな、僕がいる……」うるふは足を止め、あっけにとられたように口をポカンと開けた。
「そう。正直なりたくはなかったけど」赤鹿の姿になった肉皮も、服装は変わらない。「この重症じゃあまともに動けないもの、アンタになるしかない」黒いマントに手を入れた。うっすらと膨らんだ小さな胸を揉む。「身体自体は結構可愛らしいじゃないの。それでも『憎くって仕方がない』けどねェ……!」口紅を取り出し、唇に触れる。

 ――何故肉皮は赤鹿うるふに変身できたのか!?

 彼女は赤鹿うるふのもつ小枝『ミチル』の『最愛の女性』として赤鹿うるふをリーディングしたのだ。
 赤鹿うるふは女性の姿をした無性である。胸はあるが性器は無い。
 そして、肉皮リーディングはニューハーフ。女性器はないが、それでも彼女は自分自身を女性だと定義している。
 この場合、『ミチル』の『認識』と肉皮リーディングの『認識』が組み合わさり、本来無性であるはずの赤鹿に、肉皮が変身することが出来たと考えられる。

 ――ニューハーフの勝利であった!!

 肉皮リーディングは考える。
(相手も同様の重症!耐久度の条件はこれで同等! ならば、体術で勝る私が優勢!!)

 突如、利根アリアが周囲に作成した迷路が消失した。利根アリアが、完全に戦闘不能となった証拠である。
 それを機に、肉皮が飛ぶ。
「フッ!!」取り出した口紅からパンッと銃弾が発射される。一発限りの奥の手だ。
 思わぬ不意打ちに、赤鹿はよけきれず左肩に銃弾を受ける。
「……ッ!」
 その赤鹿に、肉皮が接近。砂に足を取られながらも、着実に距離を縮める。

「……ッ 僕やミチルに変身するなんて、びっくりだよ。生き物になら何にでもなれるのかな?」赤鹿は肩を押さえ立ち上がる。
 飛来する万年筆を、『ミチル』の小枝で防ぐ。指に命中し、赤鹿の小指が爆ぜた。
「痛たた ……君は、こういったね。『ちょっと姿を変えてやりゃあ、コロっと騙される。人間結局誰しも、愛情に飢えているのよ』。……これはどういう意味だろう?」
 さらに飛来する万年筆。もはや赤鹿はそれを避けることなく受け止める。左掌が完全に爆ぜるが、赤鹿は無反応。

「これはつまり、『どんな嫌われ者だろうと、理解を欲している』。そう言いたいのかな」

「………………」肉皮は構え、赤鹿の隙を伺う。警戒すべきは赤鹿の魔人能力。赤鹿の能力は業界で有名だ。彼女の眼を潰せば能力は防げるが、果たしてそれができるなら、心臓を狙ったほうが得かもしれない。秤にかける。

「そうだなァ。そもそも『嫌う』とはどういう事か」赤鹿が問う。「『嫌う』とは、その人に自分と同じ、良くない部分を発見するということだ。『嫌う』とは、離れたい。近づきたくない。絶対にあんな奴には『なりたくない』と思うことだ」
「何、が言いたいのよ」
「肉皮リーディング、君の『能力』自体は未だはっきりしないが、さっきまでの君の言動で、君の『能力原理』はもうわかったよ。――『他人の心を手玉に取りたい』。それが君の『能力原理』だ。
だったら、君の能力は変身対象の記憶まで得られるよう『強化』されてこそ、『完成する』はずだ」
 肉皮の額に汗が流れる。「ハッタリね……!」足を踏み出す。「推測に推測を重ねてどうするのよ!」
「果たしてそうなるかどうか。僕がその手伝いをして、あげよう」赤鹿が一歩、足を踏み出す。「世界一の人気者の記憶だ――」その眼が赤く光る。
「う……ォオオオオオオオオオッ!!」肉皮はわずかばかり逡巡し、赤鹿に向かって走りだす。赤鹿の身体に変身した今、身体能力は同等だ。巧みな動きは不可能。
 取り出したのは最後に残った剃刀のような定規。

「あ あ あ あ あ あ あ あ あッ!!」

 瞬間、肉皮は『能力』を解除。本来の姿へ戻る。「『理解』……されたがっている、ですってェ?」肉皮の胸に小枝が食い込む。
 突き出される互いの凶器。
 赤鹿の目の前に現れたのは、瀕死の重症を負った『肉皮本来の姿』だ。

「死んでもごめんだわ」フッと肉皮が笑う。

「私は絶対、『アンタ』なんかにはならない……!」

 ぐらりと、肉皮の身体が崩れる。
「わたし、が」
 足が砂に取られる。
「手玉に取られるのは『あの方』だけ」ぐらりと後ろに。
「ハァ……私は、『あの方』に愛される、私の姿のまま、いくわ」どさり、と斜面へ倒れこむ。
「アンタなんか――」意志の宿った瞳。「――ンタなんか―――――――――――――――」蟻地獄は海に開いた穴のようにドドドという轟音をたててその声をかき消す。
 そのまま彼女は、蟻地獄に呑み込まれていった。
 アリアの後を追って。

 赤鹿は心臓に突き刺さった定規に目をやり、膝をついて言う。
「嫌われるのは、慣れてるよ」
 しばらく何度も血反吐を吐き、立ち上がろうとして地面に手をついた。
 そのまま足を滑らせる。







 ドドドドドド……

 砂の中、赤鹿うるふとミチルが会話する。

「まずいなァ、足が滑った。試合は終わったってのに、蟻地獄に真っ逆さまだ」
『ドジだねうるふは』

「ミチル……。 今戦ったあの人はミチルに変身していたけど。結局ミチルって何なの?人間なの?」
『今になってそれを聞くんだね。うん、そうだな、候補は3つ。

 1:うるふの心が生んだ別人格
 2:死んだうるふの母親が植物に生まれ変わったもの
 3:父親がうるふの為に会社につくらせたバイオコミュ力使い

 どれか好きなのを選んでよ。』

「最悪だね……。特に3番目が最悪だ。僕を殺したパパが僕の為にってのが特にクソだ」
『じゃあ、それにしよう』

「なんだよ、それ。みんなみんな大嫌いだ」
『私は大好きだよ、うるふ』

 二人はそれきり黙り込み、蟻地獄の底へ落ちていった。

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  1. 2012/06/16(土) 00:47:38|
  2. 赤鹿うるふ
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