加藤佐藤
特殊能力:思量のコンフェイト
能力原理
●『精神力』を糖分に変え物質化する能力。
●色とりどりのこんぺいとうを作り出し、仲間がそれを摂取することで、加藤の精神力を仲間に譲ることもできる。その際、精神も共有される。
●探偵としては、余計な記憶を砂糖に込める事で一時的に忘却し、雑念を取っ払い論理立った推理をする事が可能。
●精神力を圧縮することで硬い氷砂糖を創りだすこともできる。杖状にすることで、得意な『バリツ』で敵を攻撃する。自らの精神で創りだした武器が身体になじみ、実力以上の力を発揮する。
キャラクター説明
●妃芽園学園探偵部所属。1年生。一人称は「わたくし」。おてんばだが、実は結構お嬢様。
●普段は精神20の鉄人。有事の際は精神を武器に変換するため、精神が脆弱になる。
●探偵なので推理格闘術『バリツ』が使える。ステッキを武器にした戦いが得意。明るくサバサバした性格。
●推理には脳に糖分が必要だと言っては、砂糖菓子を摂取する。単に甘いモノが好きなだけらしい。
●探偵特有の観察眼『慧眼』の持ち主。
●情にもろいのが欠点だが、それを補える強靭な精神力が有り、危機敵状況下であるほど冷静に対処行動できる。血や虫やその他ありとあらゆるグロいものに耐性があり、そのせいで女の子らしくないと言われるのが悩み。
●戦闘時は、武器精製によって攻撃力と引き換えに精神力が脆弱になりがちで、ちょっとした事でビクついたりショックを受ける。

プロローグSS
◆
妃芽園学園地下空洞 12月10日 15:00
「うごあー」
外と比べると、空洞の中は意外と暖かった。
手を触れると、ゴツゴツとした岩肌はかすかに濡れていた。
天井からは、ぴたり、ぴたりと水の滴る音が聴こえる。
「うごあーうごあー」謎の鳴き声も聴こえた。
姫芽園学園地下空洞に生息する『アキカン・ハナアルキ』だ。
アキカンらしい外見にストローのような長い鼻が生えており、短い手足とあわせてぴょこぴょこと動きまわる。今回の話には特に関わりがない。
「ふむー……」加藤がうなる。
その可愛らしいアキカン生物の姿も、今の加藤には視ることが出来無い。
空洞内には一欠片の光も見当たらなかった。
「これが、扉かな?」手探りで手を当てる。
鉄の錆びた感触がした。
「えいっ」試しにごツンと叩いてみる。「うごぁ!」おかしな悲鳴をあげ、加藤はこぶしを押さえてへたりこんだ。「うごあぁぁ」
「うごあー」うめき声をききつけ、アキカン・ハナアルキが近づいてきた。「うごあー」
(く、対魔人用鉄扉……、本気出しても壊せそうにないか)ならば岩の部分を壊すか。と考えるも、この地下空洞へ降りて来るまでにいくつもの扉を通ってきたことを思い返す。おそらく、扉はすべて閉じられている。
(やられたなぁ。 閉じ込められた)加藤は『額』からこんぺいとうを取り出し、口に含む。
……20分前、ライト代わりの携帯のバッテリーが切れ、引き返そうとした矢先、大きな鈍い音が洞窟内に反響し、扉が閉まった。それから加藤は暗い中、手探りで扉の場所までやってきていた。
「辛口だね」加藤は呟いた。
「わたくしを餓死させるつもりかな」ぐうとお腹が鳴った。
(何故自分は朝食をとらなかったのか? いや違うそうじゃなくてそもそも誰がこんなことを?この地下空洞の秘密を知られたくない者か。
ならばやはり、学園側の人間だろうか――)
◆
加藤佐藤(かとう さとう)は姫芽園学園高等部1年生。中等部時代から探偵の真似事をはじめ、今ではそれなりに成果をあげ、フリーの探偵として番長や生徒会に雇われている。
魔人のもつ魔人能力を抑制できるという姫芽園学園。娘の魔人能力を持て余したり、どうしてもその存在を隠しておきたいという家庭の事情から入学させられた少女達。加藤も例に漏れず、その魔人能力ゆえ、姫芽園へ送られた。
その頃から『禅僧』並みの精神力だった加藤佐藤は、妃芽園に送られたことを、なんとも思っていない。父には父なりの事情があるのだろう、と。
不満があるとすれば、妃芽園学園ではその謎の力場により、魔人能力が使えなくなることだ。
ところが数年前から、少女達のなかでぽつり、ぽつりと魔人能力を使える者が出始めた。その結果数々の流血事件。挙句の果てにハルマゲドンが勃発し、一時は休戦したものの、現在、生徒会と番長グループは二度目のハルマゲドンを起こそうとしている。
『血の踊り場事件』と名付けられたその流血事件は、はじめは何かの事故に過ぎなかったのかもしれないが、この事件をきっかけに、多くの模倣犯が現れた。加藤が小等部6年生の頃であり、目撃証言などで、少しだけ関わったことがある。
最も凶悪な模倣犯として、『耶南蝕』という男性教師がいた。彼は他人に化ける魔人能力を使い、人殺しを楽しむ殺人鬼だった。彼は女生徒の姿のまま処刑され、今でも、彼が犯人だったことは一般に知られていない。加藤がその秘密を知ったのは、彼が人知れず埋葬された後だった。
学園側はいかにして魔人能力を抑制していたのか。そして、何故その効力が弱まってしまったのか。探偵となった加藤は調査したが、なかなか手がかりを見つけられずにいた。
しかしやっと、二度目のハルマゲドン直前になって、加藤は真相のしっぽを掴んだ。答えは、希望崎学園地下ボイラー室からやってきたとある汎用ゴクソツ機構から与えられた。希望崎学園には、姫芽園学園焼却施設から通じる地下通路が存在する。
そして、加藤の推理が正しければ、この地下の奥には……。
◆
(仕方がない、奥に進めば、希望崎学園まで通じているはずだね)加藤は観念し、右手を耳にかざす。(上手く行けば、学外へ気楽に抜け出す秘密通路ができるわけだ。やったぁ~!)
その手に、長細い白のステッキ飴が出現した。
加藤の魔人能力『思量のコンフェイト』。
加藤の膨大な精神力を、糖分を含んだ菓子に変換し、物質化することができる。
ステッキをコツンと地面に当てながら、手探りで洞窟内を進み始めた。
◆
妃芽園学園 12月13日 15:00
「はぁ、加藤さんはほんと、たくましいね」少女はケーキを食べ終え、紅茶を飲む。
「それでそれで、どうなったの!?」対して、その隣で身を乗り出し話をきく少女。
姫芽園学園のロイヤル・シェイクスピア・モーツァルトガーデンと名付けられたスイーツなスポットで、屋外席を陣取り談笑する三人の女学生がいた。
「こっからが大変だったんだ」加藤は3皿目のケーキを口に入れると、机をはさみ、対面する二人の少女に笑いかける。「辛口だったよ」
「でもまぁ、こうして今無事でいるわけだから」落ち着いた雰囲気の少女はカップを置く。
「何が起こっても安心して聞いていられるね。探偵はろくな事をしないから、いつもハラハラさせられるよ」少女のその胸には『学外者』『渡辺千代子』と書かれたバッチが付けられている。彼女は加藤の友人で、数少ない女子高生探偵仲間だ。時たま希望崎学園から来訪しては、加藤と談笑を楽しんでいる。ハルマゲドンを目前とした今。彼女が気楽に姫芽園学園の敷地へ入れてもらえるのも、彼女が非魔人の人間だからだろう。
「さとならそのアキカン・ハナアルキを食料にしてでも生き残るよね」冗談めかしてそう言った少女は甘栗色のおさげ髪。姫芽園学園の校章のついた制服を身に着けており、ひと目で学園生徒だとわかる。彼女、吉田智花は加藤と寮部屋を隣にする、加藤の親友だ。
「するどい推理だね、トモ」加藤がスプーンを口に入れたまま言った。「食べたかったけど、火が無いからやめたんだ」
◆
12月10日 17:00
段差が多い。何度か転び、深い穴に落ちそうになる。
制服は土で汚れ、ところどころ擦り切れている。
「……?」何か、人の声が聴こえた気がした。
「うごあー」聴こえるのは、ぴょんぴょんと勝手についてくるアキカン・ハナアルキの鳴き声だけだ。
(気のせいかー)
足にまとわりつくのを放っといて進む。
「……っ?」
ステッキに岩石とは異なる感覚が伝わる。精神から作り出されたこのステッキは、加藤と少しだけ感覚を共有できる。
腰を下ろし、それに触れる。
「十字架だ?」
さらに調べると、闇の中、等間隔に、大量の十字架が植えられていることが判明した。
「ぎゃ、なんだ、これ」
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
「うわなんか」耳を塞ぐが、意味が無い。「聴こえる?」
よく出来た立体音響をヘッドホンで聴いた時のような、脳が揺さぶられる感覚。
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
「ちょなにこ『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――――』
大量の十字架に込められたのは、姫芽園学園の設立時、入学試験をパスできず、学園側に秘密裏に殺された少女たちの無念の魂。魔人能力の源となる中2力とは逆ベクトル、『高2力』の痕。
魔人は、死ぬと、中2痕と呼ばれるエネルギーの塊を残す。高2痕とは、その対なす存在だろうか、理論上は存在していても、実在は確認されていない。
これこそが、姫芽園学園の『魔人抑制』機構の正体。
「高2力フィールド……というシロモノは実在したわけだ」加藤は額に手を当てる。能力が使えない。ここが、学園で最も高2力フィールド密度の濃い箇所だ。
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
「……そうか、みんな、ここに、封じ込められているんだね。学園も、辛口なことをするなぁ」
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
『いやだ』
「なっがい……なぁ」
進んでも進んでも、十字架は終わらない。
時間間隔が麻痺してくる。
このまま暗闇で独り、陰気な呪詛を∞リピートで聴かされ続ければ、常人の精神なら間違い無く発狂する。THE・禅僧並の精神力をもつ加藤とて、時間の問題だ。
「うー……ん」へたれこむ。額に汗が流れる。
「うご……」近くで、ついて来ていたアキカン・ハナアルキがぴくぴくと身体を震わせて痙攣していた。野生動物にも通用するレベルの呪詛ということか。
「危険を察知して逃げるとかできないのかなァー……。この子は」加藤は手探りで、アキカンをスカートのポケットにぶち込む。
時折、加藤は『自分以外の生き物』に、哀れみを感じることがある。
超人的な精神力の彼女から見れば、多くの生き物は、何か見えない『枠』にとらわれ、その中で苦しんでいるようにしか見えなかった。
とはいえ、彼女自身も能力で精神を消費してしまえば、普通の人間と変わらない。この感情は、ただ自分の驕りでしかない。と考える。
「ん……」進んでいると、違和感を感じた。
整列する十字架。ここだけ何故か、ぽっかりと、半径1mほどの空間。穴の開いたように、十字架が存在しないのだ。
「なんだろう……」
いくら調べても、地面におかしな点は無い。加藤はそのまま進もうとした。
「う……」
鳴き声がもうひとつ。
暗闇に、人間大の生き物の気配。
革靴の音。これは、人間だ。それも、男の声。
「誰?」
「う」
「うう」
「ううう」
「ぅ」
声だけで、加藤にはわかった。
この人間は自分と同様に空洞へ閉じ込められ、おかしくなったのだ。
◆
12月13日 15:20
「――なるほど、魔人能力が中2力から発生するのなら、高2力があってもおかしくは無い……」渡辺千代子が冷静に分析する。
「高2病ってどんなのを指すの?」吉田智花がたずねる。
「中2病を極端に嫌ったら高2病らしいよ」加藤が答える。
「あー、私の姉もそうだったなぁ」と吉田。
「『寝てないぜー、最近寝てないぜー俺!』」 と渡辺。
「……」
「――みたいなことを言い出したら高2病だって言うね。私の先輩もよく言う、ああでも、あの人魔人だけどなぁ……」
「…………」
普段冷静な渡辺がおかしな口調でものまねをする様をみて、吉田と加藤は何故かツボに入ったらしい。
「?」
二人は笑っていたが、渡辺は至って真面目な顔のままだった。
◆
12月10日 18:00
低いうめき声をあげる男。
加藤の気配を察知し、近づいてくる。
「……」
加藤は静かにステッキを握りしめ、『バリツ』の構えをとる。
バリツとは、探偵特有の推理格闘術。
相撲取りが相撲を、ニンジャがカラテを得意とするのと同じように、探偵といったら必ずバリツを使えるのが、世界の常識である。
「――来るかぁ!」
「ARRRRR!!」襲いかかる影。
「うごあー!」その時、加藤のポケットから、アキカン・ハナアルキが飛び出す!
「ちょ」
衝撃。
アキカンをかばうように回転し攻撃を避けた加藤は、脚に激痛を感じる。
敵は、ナイフを持っているらしい。
理性はないが、この男、狂う前から殺人鬼だったのでは。身のこなしから、加藤にはそう思えた。視覚が奪われ、その他の五感が研ぎ澄まされた今、体温と同じ温度で流れる血が、ふくろはぎを伝い、ぽたりと地面に落ちる音を聴いた。
(能力が使えれば……)傷口に砂糖を発生させ、止血に使えるのだが。
手元のステッキに触れる。握り柄から先が無くなり、完全に使い物にならなくなっていた。元より戦闘用に生成したわけではないため、強度不足だったらしい。
(とにかく十字架の墓場から、離れないと……)とはいえ、どちらへ行けばいいのか。今の回避で、進むべき方角がわからなくなった。
「うごあー!」
「!」
ついて来い、と言わんばかりの鳴き声を上げて走りだす、アキカン・ハナアルキ!
「よしきた!」
この暗闇に生息しているからには、何らかの方法で地形を把握しているはず。
おそらくはそのストローのように長い鼻で、においをたどることができるのだろう。
加藤はその鳴き声のあとを追った。
「ARRRRR!」狂人の足音が後ろに迫る。
「……っ!」
「うごあー……」
加藤は立ち止まる。
その足が踏みしめているのは、洞窟の断崖。
バラ、と踏みつけた小石が崖から落ちる音が聴こえる。しかし、地面への落下音は聴こえない。
アキカンが向かった先は、断崖絶壁の行き止まりだった。
「世の中、甘くはいかないもんだなぁ」
「うごあー?」
「ああーもう! ダメな子だなぁお前ェ!野生のくせにッ!」
加藤は手にしていたステッキの残りを敵に投げつけると、なおも迫る敵から逃れるように、脚にまとわりついていたアキカンを胸にかき抱く。「おいで」「うご」
「ARRRRRRRRRR!」
「――っ」
崖から飛び降りた。
(どうもわたくしは、ダメな子ほど気になってしまうタイプらしい)
そんなことを考えながら、硬い地面に激突した。
◆
2010年 8月19日 27:00
いざという時、本当に、声がでない。
私は震えることも出来ずに、その高等部の女生徒の姿をした人の取り出した刃物が、窓の月明かりに照らされて光るのを、ただ見ているだけだった。
姉が生きていれば同年代のはずだった先輩はいつも、流血事件の犯人探しの為、夜の見回りを行なっていた。
その女生徒は先輩と背格好が似ていて、夜くらい廊下で話しかけられたとき、つい油断してしまった。よく見れば、メガネをかけている。先輩はメガネをかけていない。メガネ、メガネが……。
さあ、首からかっ割いてやろうか……。
その人が私にそう呟いたその時、タンタンタンというキャベツの千切りでもするみたいな音がして、その人の首と心臓と脚に、刀が突き刺さった。私には血が飛び散っただけで、無傷だった。
「トモ!」
さとの声がして、私は声のするほうを向いた。
さとが私に抱きついて、泣きだした。
「やれやれ、やっと始末できたぞ」落ち着いた女性の声がした。「そこの、小等部の女の子がキミを見つけたんだ。よかったな。その子、探偵にでも向いてるかもしれない」その人は番長グループの人だった。
◆
2012年 12月10日 19:00
「うごあー」
「うごあー」
「………」
高所から落下した加藤は右足を引きずりながら、そこから離れた。
ここにはもう、十字架群は存在しない。
――奴は何故、こちらの位置がわかるのか、視覚以外の、嗅覚や、聴覚が発達しているのだろうか。
あの身体能力からいって、敵も魔人だ。
敵も、あの十字架のせいで魔人能力が制限されていると見える。
狂気に支配されているとはいえ、明確に敵意を向けて攻撃してくるのは、野生動物と同じだ。少しでも、自分の有利な状況を作り出そうとするのが、普通だろう。十字架の無い場所で攻撃を仕掛けて来なかったのには、理由があるはず。
例えば、敵の能力は、戦闘向きではない可能性。つまり、加藤のような獲物に獲物自身の魔人能力を使われかねない場所で、わざわざ襲い掛かるメリットがないから、十字架のある場所で加藤を狙ったのだ。
では、戦闘向きではない能力とは、どういったものが考えられるだろう。制約が現実的でない。あるいは、効果が補助型、支援型の場合……。
加藤は推理し、ひとつの可能性に行き着いた。しかしこれがわかったところで、何かが変わるわけでもなかった。
「とにかく、このまま暗闇で、奴に追われながら進むのは、圧倒的に不利……」
十字架のある地点まで、戻る必要がある。
(わたくしは探偵。『視え』さえすれば、こっちのもの……)妃芽園学園の生徒は、その特殊せいゆえ、能力以外のスキルが成長しやすい。武術、身体能力、技術的なもの……。その中で、加藤のスキルは『慧眼』ともいうべき、観察眼だった。
(でも、暗闇じゃあどうやったって、視えないからなぁ)
暗闇で、いかにものを観察すればいいのか?
加藤には策があった。
そのためには、十字架のある高台まで、戻らなくてはいけない。
(できるだけ、十字架のないこの場所で、『砂糖』を作っておく必要がある)
敵は、高台に登るまでに、必ず襲ってくるだろう。
「お腹ーすいたなー……」砂糖を出現させるのに、精神を消耗してしまう。これ以上精神をすり減らすのはまずい。飢えを癒すため砂糖以外のものを摂取する。
「うごあー」
「む、珍妙な味」
頭上から滴る水滴で乾きを癒し、アキカン・ハナアルキのもってきた怪げなキノコや蟲を口に入れ、無理矢理に腹を満たした。
衛生的なことは後から考えれば良い。
(まぁなんとかなるよね)
◆
12月13日 15:30
「まぁなんとかって、ならないでしょ……」と渡辺。
「さとって食いしん坊だよね」と吉田。
「わたくしだって、食べたくて食べたわけじゃあないし」加藤が言う。「蟲だからね。虫じゃなくて蟲。蟲を食べたのは生まれてはじめてだよ。わたくしも、野生児みたいな扱いだけど、本当はちゃんとしたお家のお嬢様なわけで……」
「お嬢様かどうかは関係ないって」
「どんな、蟲だったの」吉田が訊く。
「いや、うーん、正直あまり覚えてないんだ」加藤は側頭部に指を当てる。「こういう余計な記憶は『博物学』用のこんぺいとうにまとめて出力して、記録してあるからね」
「どっちかっていうと、『サバイバル』用じゃない……?それ」渡辺が言った。
◆
12月11日 5:00
加藤が高台のふもとに近づくと、かつて人だった者の声がした。
「AARRRR!!!!」狂人が襲いかかる。
高台へと登りながら、加藤がそれを迎え撃つ。
「てやァ!」加藤はステッキを片手で高速回転。そのまま振り上げる。
男の顎にぶち当たる。「――アアッ!」男は後ろにのけぞった反動でそのままブリッジ。
後ろ足で地面を蹴り後転倒立。「――死」男が口を開く。
「死んでおけ!」わずかに残った理性が、人の言葉を発させた。
「やァッ!」回転させたステッキをピタリと止めると、加藤はステッキで男を突きにかかる。
ガチりと物音を立て、男がナイフで受け止める。「ハッ!」片足を軸にステッキを蹴る。
蹴りあげた反動で縦軸回転、ナイフを振り加藤の足を切りつけにかかる。
「ッ!」男が動くのと同時に、加藤は男に蹴られたステッキをあえて自ら二度、空中へ蹴り加える。蹴りにより浮いた加藤の身体の下をナイフがかすめた。
ステッキが男の頭上に降り落ちる。「――ぐッ」
反動で飛び跳ねたステッキを加藤がキャッチ。そのまま背を向け走りだす。
男は怯まず後ろを追う。二人の人間の足音と息遣いだけが響く。
ついに二者ははじめの地点、十字架の墓場まで登りつめる。
「ハ!ハハハ!ハ!ハハッ!」
どれだけの期間ここで生きてきたのだろうか、男は暗闇のなかでも加藤の位置をほぼ把握していた。
暗闇の中、男は物音だけを頼りにナイフを投函。
「――ぅッ!」加藤の脚に突き刺さった。
姿勢が崩れる。
ステッキを取り落とす。
多量の氷砂糖が胸ポケットからこぼれ落ちる。
「死んで!」男が加藤にのしかかる。「おけ!」脚に突き刺さったナイフを引きぬくと、背中に突き刺す。かろうじて急所は外れた。血しぶきが飛ぶ。
「アアアアッ!」加藤が声をあげ、身体がはねる。はねた腕、傷の無いほうの片腕が落ちたステッキを宙に叩き上げる。回転するステッキが男の額に命中。
「――アアッ!」叫ぶ加藤は叩き上げたステッキを手に取ると膝をつき、姿勢を立て直す。
「ここがッ、いい」男へ身体を向けるが、攻撃はしかけない。「ここなら、よく『見える』!」
胸ポケットからこぼれ落ちたいくつもの氷砂糖。ばさりと、ボロボロに汚れきったスカートをその上に。「私は、探偵だから」
ステッキを頭上で回転させ構え、地面の氷砂糖に向け、パンッと勢い良く叩き潰した。
瞬間、青白い閃光が飛ぶ。
「――ッ!」男がのけぞる。
暗闇に眼の慣れたその男に、一瞬の隙ができる。加藤自身には、スカートが壁となり直接の光は届かない。
そこへ、加藤の槍のように投げたステッキが眉間に命中。
よろめく男の背は十字架の上に倒れこみ、突き刺さる。
鮮血が吹き出し、男は無言のまま絶命した。
「氷砂糖は衝撃を加えると、摩擦発光する……」腕を突き出したまま、加藤が言った。「たくさん潰しても、出てくる光はほんのちょっと。だけど、暗闇に慣れた眼には、調度良かった」男に近づき、ステッキを拾い上げた。
「一瞬だけど、『観察』さえできればこっちのもの」加藤はステッキで身体を支える。「なんたって、探偵だからね……」
青白い光で、一瞬だけ照らされた空洞内。一瞬のうちに頭に叩き込んだのは、空洞内の地形。その進むべき方向。男の顔。
男の顔に、加藤は見覚えがあった。
――耶南 蝕
数年前まで、この学園で教師をしていた男だ。
何らかの条件で他人に姿を成り代わる能力をもち、『流血事件』にまぎれて、殺人を繰り返していた。半年前のハルマゲドンが起こる要因を作った真犯人でもある。彼が生徒会の女生徒の姿のまま番長グループに処刑されたことで、両陣営の関係は修復不可能なまでに悪化した。
加藤が真犯人の正体を推理し、突き止めたときにはとうに、彼が死に、一度目のハルマゲドンが起こったあとだった。
(死んでいなかったのか……。いや、死んだものと思われて、ここに遺体が運び込まれていた?)
何にせよ、ここで本当に、彼は死んだのだ。この学園で日常化した、少女たちの殺し合いの元凶が。
(だってのに、このままじゃあ、ハルマゲドンはまた起こるよね……)『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
十字架から、少女たちの呪詛が響く。
この男も、彼女たちの怨念に導かれて、この学園にやってきたのかもしれない。
なら、彼女たちをここから解放する事ができれば、あるいは『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
(もう少し、なんだけどなぁ……)
いつもこうなる。自分はいつもいつも、ツメが『甘い』。
地形は把握した。学園内の高2病フィールドの濃度が最も高まるこの地点こそが、学園の中心部。希望先学園への方角も推理できる。行くべき先は見えているのに、血の抜けた両足はもう動かない。精神力ではどうにもならない。
そして、その精神力もまた、尽きようとしている。
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――――――
◆
12月13日 16:00
「それは、覚えてないんだ」加藤は答えた。
「え、ええ?」渡辺が声をあげる。「それからどうやって帰ったのか?覚えていないの。なんで?どうして?」
「もしかして……」と吉田。
「うん」加藤が制服の胸ポケットに手を入れる。「私が気が付いたとき、目の前にこの『こんぺいとう』と一緒に、このメモが寮の机においてあった」一枚の白い付箋を、テーブルに置いた。
「なに、これ」渡辺が付箋を覗きこむ。加藤を上目遣いで睨みつける。怒ったときの彼女の癖だ。
「……」吉田は、口を小さく開けたまま、つらそうな表情で加藤を見た。
「忘れなきゃあいけない事が、あったんだろうね。その時の記憶をこんぺいとうに封印して、わたくし自身へのメッセージを残した」加藤は風に飛ばされそうになった付箋のうえに、そのこんぺいとうを置いた。
「だから、どうやって無事に帰ってこれたのか、私自身、覚えていないんだ」
◆
◆
◆
12月11日 15:00
背中に刺さったナイフを少しずつ引き抜きながら、砂糖の結晶で止血した。昔から、砂糖は民間の止血剤として使われてきたらしい。
十字架の群れからはまだ抜け出せていない。それどころか、わたくしは、かの殺人鬼を倒した地点から、一歩も動けていなかった。
能力は極端に制限され、止血のため角砂糖ひとつぶん創りだすにも、ナイフを全身に突き刺すのと同じだけの精神力が削られた。それでもこうやって、身体の弱さを精神力でカバーできなければ、塩をかけられたナメクジみたいになって、死んでいたと思う。
十字架の呪詛は身体に染み込み、聴こえながらも、聴いていないのと同様だった。何もかもが面倒になり、息をするのも嫌になった。
妃芽園に入れなかった十字架の少女たちについて考えた。妃芽園に、意に沿わず入学させられた魔人たちが、入りたくても入れなかった少女達によって能力を奪われるとは、なんとも皮肉だ。
関連して、お父様に関する記憶も蘇った。
わたくしが差し出したこんぺいとうを、
何か汚いもの。
例えば、
かまきりの泡の詰まった卵でも見るみたいに、
顔をしかめた。
その眉間に寄った、
一つ一つの皺が、
黒いスクリーンにはっきりと、
何度も何度も刻まれた。
わたくしはやがて胎児みたいに横に丸くなって、
何も視えないのに、
眼を大きく開けて掌を凝視した。
ここに来たことも、
探偵になったことも妃芽園に入学したことも吉田や渡辺と仲良くなったことも父に従ったことも魔人になったこともここにいることもすべてを後悔した。
視界の端に、ちらりと白いものが視えた。
◆
「さと!」
吉田智花――トモの声がして、わたくしの眼に針のようにとがった光が突き刺さった。
わたくしはトモがわたくしの眼を潰しに来たのだと思った。
手がわたくしの頭におかれる。
わたくしは、残る体力もないのに、その手をはねのけようとしたと思う。
「さと、ねぇ、大丈夫、だよね、ねぇ……」懐中電灯を置いて、トモが言った。
「トモ」
小さく返事はしたけれど、わたくしは動かなかった。
「……」トモは私の頭をひざの上に置いた。
見ると、耶南 蝕の死体が懐中電灯に照らされていた。
そこに、あるはずの『十字架が無かった』。
何故かと考える間もなく、ボタボタと私の頬にトモの生暖かい涙が落ちてきた。
わたくしはその水滴を心底うっとおしいと思った。
泣くなら人の顔にかからないように泣くべきだし、怪我をした人間を安易に動かすべきではないし、そもそも誰のために泣いてるかもわからなかったわたくしがどうなろうとトモの知ったことではないしこのまま人知れず死ぬはずだったわたくしをぎりぎりの所まで生かして苦しめてこの娘はどこまで考えてここまでやってきたのか知らないがその顔を見あげると何もかもが歪みまくって泣きじゃくっていた。
わたくしはトモのスカートの裾を強く掴んで嗚咽した。強く引っ張りすぎて脱げるかと思った。
押し殺していた声は徐々に大きくなり、
洞窟内に強く反響し、
誰がいつ発した声なのかわからなくなった。
わんわんと赤ん坊みたいな声をあげてわたくしはトモのお腹に顔を押し付けわめいていた。
「ごめん、ごめんなさい……!」トモが、泣き喚くわたくしに謝った。
「さとだとは、思わなくって、私、まさか、知らなくって。本当に、本当にごめんなさい」
トモの謝る理由を、わたくしは何となく察しがついたが、しばらくして、トモが自分で話しだすのを、そのままにして聞いていた。
「私、姉がいたの。妃芽園に入るはずだった姉が。行方不明になったって聞いていたけど、そうじゃないことはわかってた……。
この十字架のなかの一つに、閉じ込められてたの。昔、私は生徒会の先輩と仲が良かったから、知ることができた。
この地下空洞は、悪事を犯した処刑人を閉じ込めておくための独房代わりに使われていた。
あと、死体の処理にも……。
耶南 蝕は女生徒の姿のまま処刑されたけど、醜聞を恐れた学園側が、その遺体を地下に埋葬するように命じたの。その女生徒のモデルになった子には、家族がいなかったから……。でも、十字架に近づいた彼の死体は、たぶん、その高2力フィールドによって『能力キャンセル』されたんだと思う。耐久力の低い女性の姿から、『魔人男性の肉体』に戻った彼は、ぎりぎりのところで息を吹き返して、彼を埋葬しようとした生徒会の娘達を、……喰い殺した」
わたくしは黙ってトモの話を聞いていた。ところどころ二人のしゃっくりのような嗚咽が混じることを別にして、トモの言葉しか周囲には聴こえなかった。わたくしは、トモの身体に両腕を回してひっついていた。懐中電灯の灯りが直接当たっているわけでもないのに、視界は白かった。
「私と親しかった先輩も、その時、殺された。地下空洞の存在を知る人は、そこにいた数人だけだったから、生徒会にこの場所を知る人間はいなくなった。ただ、私だけ、その存在を知っていた。
私は、姉のいるこの墓を守りたかった……。
……だから、耶南 蝕に定期的に食料を与えて、この墓の番人として使っていたの。
この墓場がある限り、彼女達の『呪い』がある限り、この学園の争いは終わらない。私が学園側に出来る復讐としては、これしか思いつかなかった。
誰かが、ここを見つけて侵入したとわかって、きっと、学園側の人間だと思った。
扉を閉めて、授業を受けて、寮に戻って一夜明けてやっと、さとが居ないことに……ごめんなさい、ごめん……なさい」
わたくしは動かなかった。ただトモの身体に顔をひっつけて、黙っていた。二人の衣服はもう互いの涙か何かでぐしょぐしょに濡れていた。トモはまた泣き出し、私もまた声をあげた。視界は全て、白く、角砂糖のように白く真っ白に染まって、口内は自分の涙で辛かった。
わたくしはやがて口を開いて、言った。
「大丈夫、トモ。ありがとう。わたくしは元気」わたくしは顔を押し付けながら、トモの身体が小さく震えるのを感じた。
「それでももしトモが、このことで、罪の意識とか、そういう無駄なことを、少しでも感じるっていうなら……」わたくしは言った。
「それも、大丈夫。わたくしは、このことを忘れることが出来る。トモが望むなら、記憶を消せる」視界は白いままだった。
「だから大丈夫」
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12月13日 16:30
お茶会が終わり、加藤は二人と別れた。
渡辺とは散々口論したあと、それでも最後彼女は加藤の手をとり、「無事でいてね」と言って希望先学園へ帰っていった。
吉田はまだ不安そうに、テーブルに残った加藤の姿を振り返りながら、寮部屋へ帰って行く。加藤は笑顔で手を振った。
「さて」
加藤はテーブルに置いたこんぺいとうを手に取る。
口に入れた。
何のへんてつもない『普通の』こんぺいとうだ。「うん、美味しい」嘘をついたことを、心のなかで吉田に謝る。
メモの書かれた付箋を手に取り見る。
「仕方ない。どっちにしろ、これ以上どっちつかずで、立場を悪くするわけにもいかないし、いつかは、やらなきゃいけなかったんだ」加藤は独り言を言う。
――あの時、
吉田智花が迎えに来た時、懐中電灯で照らされた、洞窟内。
照らされた、男の死体。十字架に突き刺さり、死んだはずの耶南 蝕の身体。
そこにあるはずの、十字架が、ぽっかりと穴の開いたように、綺麗に消失していた。
そういえば、別の場所にも、同じように、十字架の無い場所があった。
あれは、耶南 蝕が、生徒会の者たちを殺した場所なのではないか……。
高2力と中2力は反発しあう。
ならば、魔人の魂の残り滓である『中2痕』が、十字架にいる彼女たちを解放できるのだとしたら……。
「我ながら雑な推理だねぇ」加藤が言う。
「うごあー」
テーブルに、アキカン・ハナアルキがよじ登る。
洞窟にいたときは視えなかったが、そのボディはまるでコーラ缶のような赤と白の模様をしていた。
アキカンはテーブルに置かれた角砂糖入れに鼻を伸ばす。
加藤はそのおかしな生き物の頭部に手を伸ばし、撫でてやった。
「もし、また、餓死でもしかねない事態が起こったら」角砂糖をとってやる。「今度こそ、わたくしはためらいなく、お前を食べるからね」
「うごあー」
「ちゃんと聞いてるの?」
「うごあー」
加藤は自分にも角砂糖を取り、口に入れる。
人間には『枠』がある。その枠を無理に飛び越えようとすれば、あの男、耶南蝕のようになるしかない。例えいくら枠を超越したつもりでいても、実際は、一まわり大きい枠に囚われているにすぎない。
その枠の内で、動物園の象のように、ウロウロとうろつきまわる他無いのだ。
「辛口だねー」加藤はメモの書かれた付箋を、綺麗に折りたたむと、胸ポケットに入れた。「さあ、がんばろうか?」
「うごあー!」
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『 わたくしへ
ハルマゲドンに参加して、中2痕を手に入れること 』
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- 2012/08/25(土) 11:31:05|
- 加藤佐藤
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